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しあわせのちょきん

イングリッシュコッカースパニエル2頭と 相方、せがれとの日々を語ります

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ムクの話 

 私が小学生だったころ、学校帰りに 迷い犬と出会った。迷っていると感じたのは、こちらだけで、本人は、遠出や散歩のつもりだったのかもしれない。体格は秋田犬、豊かな毛はコリーという風貌は、パトラッシュにあこがれる私には 非常に魅力的に見えた。私は、友達と一緒に、その犬にムクと名づけて、一緒に遊んだ。


 どうやって、ムクが 我が家に居つくことになったかは、定かでない。昼間はどこかに行って 我が家を留守にしているムクも、私が学校から帰ってくるころには、いつも 農機具小屋の軒下でくつろいで 豊かな尻尾を ゆったり 振ってくれた。


 ムクはとてもおとなしいオス犬だったし、その頃、我が家にはスピッツ犬がいたが、喧嘩をするわけでもなく、お互い上手にすみ分けていた。 幼い私を見下す スピッツ犬と違い、ムクは、よく言うことを聞く。私はずっとこのまま 一緒にいられると思っていた。


 


 長い長い思い出話です。読んでくださる方は・・・

 ムクが我が家に住みだして、両親はこの立派な毛並みの犬の飼い主を探していたようである。問い合わせは、隣町まで及んだけれど、結局、ムクの飼い主は 見つからなかった。そして、とうとう、ムクを保健所に連れて行くことになってしまった。


 私のことだから、ものすごく泣き叫んで、両親を困らせたのだと思う。自分が世話をする、と言い放ったのだと思う。そのせいかどうかはわからないけれど、その地域のお巡りさんが、飼い主を探すもう少しの間、ムクを預かってくれることになった。


 ムクが我が家を出て行く当日朝、ムクは 以前に我が家で飼っていた秋田犬用の重い鎖につながれ、父が自転車で 交番まで連れて行った。自分のピンチなのに、ムクは一切 抵抗しない。それがまた、辛くて辛くて、私は泣きながら、ムクを見送った。


 このままでは、保健所行きになってしまう。私は、ムクのことが心配で心配で、授業の間に小学校を抜け出して、ムクがつながれた交番へ走って行って、重い鎖をはずして、「逃げなさい!」と 言ってしまった。


 その後のことは、あまり 覚えていない。


 後から母に聞くと、その日の昼ごろ、ジャラジャラと鎖を引きずったムクが、1キロの道のりを 帰ってきて、庭で くつろいでいたので、びっくりした、と言う。同日夕方、ムクが 数キロはなれた祖父母の村の 牛舎の番犬であることが判明し、飼い主がトラックで 迎えに来たと 教えてもらった。


 犬と一緒に暮らす、そのことを考えるたびに、ムクのことを思い出す。我が家の飼い犬に 私が 言うことを聞いてもらえたのは いくつくらいのことだったろうか。その頃の 犬たちは、気まぐれな幼い私の面倒を見てやっている、という気持ちだったのかも知れない。


 自分が面倒を見ていたようで、やはり世話は 母親がしていたのだったし、責任をもって犬と暮らすということが わかったのは、ジンと暮らし始めてからだと 思う。


 生き物と一緒に暮らすのは 覚悟が必要だ。日々勉強しますので、ジンくん、ルーシーさん、反省ばかりの日々ですが、一緒に思い出を作って行こうね。そう思う今日この頃なのでした。

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